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金沢の歴史、

加賀前田藩の年表

藩主ごとに簡略

現在の歴史の礎を築いた、加賀前田藩の歴史を簡単ですがご紹介させて頂きます。人気の金沢の観光スポットが、いつの時代にどのように出来たのかが、少しだけ見えてきます。

時代イメージ

加賀前田藩主と金沢の簡易歴史集です

初代藩主、前田利家の時代

金沢に城を築城する
1583年:城に入場します
1592年:防御力の強化のため石垣を築く

2代藩主、前田利長の時代

加賀象篏が誕生します
1599年:「利家」が死去。城の内総構堀を築く
1600年:「まつ」が徳川家の人質に江戸へ。その後、関ヶ原の戦い。
1601年:珠姫(徳川秀忠の娘)が利常に輿入れ
1602年:城の天守閣が雷により、焼失

3代藩主、前田利常の時代

辰巳用水・金沢漆器・寺町寺院と武家屋敷の整備がなされます
1610年:城の外堀構堀を掘る
1611年:侍屋敷割を実施
1616年:城下で、町割りを実施
1631年:金沢で大火事が発生。
     幕府より、謀反の疑いにより江戸へ
1632年:板屋兵四郎が、辰巳用水を築く
1635年:大火事が発生。町割りを再実施
1638年:大坂に、お米を輸出・販売する

4代藩主、前田光高の時代

1639年:富山藩と大聖寺藩を設置

5代藩主、前田綱紀の時代

大樋焼・加賀宝生・古九谷・加賀友禅の文化花開く
1645年:利常が後見人となる
1651年:改作法を施行
1658年:利常が死去。その後、保科正之が後見人となる
     侍代官を中止して、十村代官制へと変更
1660年:木下順庵が仕官する
1672年:室鳩巣が仕官する
1686年:年寄・家老・若年寄の家臣制度を定める
1689年:松尾芭蕉、金沢に来る
1690年:家臣制度の八家を定める

6代藩主、前田吉徳の時代

1724年:倹約策を始める
     当時足軽であった、大槻朝元を大抜擢する

7代藩主、前田宗辰の時代

1746年:大槻朝元が失脚
     有名な、加賀騒動が発生

10代藩主、前田重教の時代

1755年:財政危機を迎え、藩札を発行する
1756年:米価急騰して、有名な「金沢打ち壊し暴動」発生
1759年:金沢で、大火事が発生

11代藩主、前田治脩の時代

1792年:藩校「明倫堂」「経武館」を設置・創立

12代藩主、前田斉広の時代

九谷焼・ひがし茶屋街とにし茶屋街・兼六園・金沢箔、成立する
1803年:伊能忠敬が、測量に来る
1807年:青木木米が春日山窯を開く
1808年:城の二の丸が焼失
1822年:竹沢御殿造営され、兼六園の名が与えられる

13代藩主、前田斉泰の時代

成巽閣ができる
1852年:銭屋五兵衛が捕まる
1854年:洋式兵学校「壮猶館」が設立される
1858年:金沢大地震
1859年:コレラ大流行
1864年:「禁門の変」が起こった際、慶寧が無断で京を出る
    :加賀藩の尊皇派が処罰される

最後の藩主、前田慶寧の時代

主計茶屋街の確立
1867年:卯辰山に、養生所・撫育所を設置・創設
1869年:版籍奉還により、金沢藩知事に変更される
1871年:廃藩置県により、東京に移住。事実上の加賀前田藩、終焉。


目次集
兼六園
金沢の茶屋街
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