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金沢の歴史

金沢と歴史

加賀前田藩

人物と場所

江戸時代になるまで、金沢の周辺の地域は華やかな場所では全くありませんでした。それどころか、一向一揆の本拠地であり今とは逆の地域性を持っており、華やかさとは無縁の状態でした。現在のような「加賀百万石」と呼ばれる文化は、前田利家から始まる当時の藩主による活躍が大きかったからです。「金沢」という古都は、加賀藩の繁栄とともに、成長してできた都市なのです。そこで、「前田家と金沢」をテーマに金沢の歴史を紹介します。観光地としての魅力は、彼らによって花開いたのです。本来でしたら、歴代の藩主の経歴等をご紹介するべきなのですが、ここでは重要人物の4名を特に絞ってご紹介したいと思います。基礎を築いた初代の利家公。その夫を支えた「内助の功」で有名なまつ殿。加賀百万石の文化の礎を考えた利常公。そして最後にご紹介するのが、全国的にあまり知られていないかもしれませんが、文化を花開かせた最も功績ある藩主の綱紀公です。この4名を知って頂くだけでも、十分に金沢の歴史をご理解いただけるかと思います。彼らが存在していなければ、今頃この辺はどうなっていた事か。
※家紋はイメージです。本当の前田家の家紋は「剣梅鉢」で、中央部分が少し違います

(歴史のミニ知識)
ちょっと余談ですが、歴史に関係ある事項をミニ知識として掲載を。

銭屋五兵衛

海運業者、銭屋五兵衛。通商「海の百万石」とも呼ばれる、金沢藩の御用商人。この名前は襲名制であり、初代が北前船の中継地点であった金沢の港を利用して、米の売買をはじめ、蝦夷地と上方の商取引・海外との密貿易を行い莫大な利益をあげました。ですが7代目の時代、派閥争いによる無実の罪をきせられ逮捕・家名断絶となりました。ですが、彼らの商売手腕は優れたモノで、現代ではその評価が高い人物です。

前田家は菅原道真の子孫

とあるテレビ番組で、男の子が生まれると、「天神様(菅原道真公)」を飾る風習があると紹介され、北陸(富山の一部)だけであるとの情報を見ました。私の家に、私(長男なんで)の天神様があるんです。驚きました。。。歴史的背景を調べてみました。
背景:江戸幕府が家系編纂時期に、徳川家と同じ源氏の名にしようとしました。常に恭順姿勢であった前田家が、これだけは断った経緯があります。前田家は徳川家と姻戚関係を保ち、常に縁血関係をとっていました。ですがこれを断り、「菅原道真の子孫である」としたのです。これが、天神様の風習になった。。。と考えられます。


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