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兼六園

金沢の庭

簡単に説明を

説明はあまり要らないかもしれませんが、知る人ぞ知る三名園の一つです(他には、岡山の後楽園・水戸の偕楽園があります)。最初に訪れるべき場所となればどのような理由であれ、金沢観光で来られたのでしたらここを押さえない訳にはいきません。基本的な旅行・観光ツアーでは、必ず案内される場所でもあります。ここでは、その庭園の魅力について紹介してきたいと思います。地元の方でさえ詳しい事は知りませんので、おそらく皆さんもあまり知られていないと思いますので、ここでは少し詳しく説明しています。美しい金沢の庭「兼六園」。どうぞご覧ください。ちなみに、園内はとても広い為あちこちに食事処(お茶と和菓子)があります。疲れた時には甘いモノと良く言われていますので、和菓子消費金額1位の庭でゆっくり食べて頂きたいと思います。お菓子とお茶もいいモノです。美しい景色による目の保養と、甘いスイーツによる舌の満足。それだけでも、十分楽しめます。

兼六園のイメージ

兼六園の歴史

名称の由来は、古代中国の宋時代の書物「洛陽名園記」に記述されている記述からこの名前が、付けられたとあります。
 1.宏大(広々とした様子)
 2.幽邃(静寂さと奥深さ)
 3.人力(人の手によるもの)
 4.蒼古(古びた趣)
 5.水泉(滝や池)
 6.望郷(眺めの様子)
これらは、庭園では難しく表現できないとされている内容なのです。その上記の内容を全て持っている=六つのすぐれた景観「六勝」を兼ね備えた庭園=兼六園とされ、金沢の庭が誕生しました。1822年、文政5年の事です。名付け親は以外にも、白河藩主「松平定信」であり、この事からも前田家と徳川家との親密な関係が伺えます。
また、兼六園と名つくまでの間の歴史もあるんです。
 ・1676年:五代藩主の綱紀が、造園開始。名を「蓮池庭」
 ・1759年:大火事により、焼失
 ・1770年:11代藩主の治脩が、再造園を開始
 ・1822年:「兼六園」に命名
 ・1874年:一般市民へ開放される
 ・1922年:国の名勝に指定される
 ・1985年:特別名勝に格上げされ、事実上の最高格付けに
加賀前田藩の歴代藩主により、約180年の歳月をかけて造園された城のすぐ横に作られた庭園なのです。183種類の銘木を9000本、池や石を芸術的に設置・表現しており、来客者の目を和ませます(一説によりと、この庭は火事が多かった金沢城の火消し用のため池として作られたのでは?という異説もあります。水を美しく表現した庭でもありますが)。

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